最後の香油について - Mana Green Grass
彫金で制作したアクセサリーを紹介しております。
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最後の香油について

 

 

 

 

こんばんは、

すっかり日が過ぎてしまいました。

読んで下さっている方はお元気にされていますでしょうか。

 

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今回は少し、制作ともお店とも関係ないことについて書こうと思います。

お店のことでも制作のことでもない、ただの、私個人のことです。

 

お休みにしていること、何か書こうと思いながら、

何と書いていいのか、あまり書かない方がいいのではと思っていました。

 

ごまかすように書いてもなんだかしっくり来ず。足踏みしていました。

 

 

 

たくさんの、たくさんの問いについて。

 

 

私にとって作品を手に取ってくださるお客さんのことが、

友人の少ない自分にとってはとても大切な存在でした。

 

学生時代から生きることが希薄だった自分にとっては、

誰かの話を聞いたり、頼ってもらえることが受け入れてもらえる手段でした。

部活でもなんでも、根性がないと言われており。

高3の時、ついに学校に行けなくなり、誰にも理由を話さずドロップアウトしてしまい、

辞めておいてなんですが家族も大変な時期でして迷惑にしかなれず激しく後悔しました。

 

夜の居酒屋さんで働きながら、それがどういう意味なのか身をもって体感しました。

大学へ行かせてもらえることになって、

何とか頑張らなければと思いながら朝から晩まで作ってましたが、実を結べず、デザイン分野を何社受けても受からず。

 

 

やっと受かった各職場でも工場でも調理でも本当に随分苦労しまして、休みもあまりなく死ぬほど頑張って、やっと人並みのような感覚でした。

 

一人暮らしに終止符を打ってバイトに切り替えて、

彫金教室と出会い、不思議な形で出展となり、有難いことに個展や展示をさせて頂くこととなり、

お店までさせて頂けることとなり。そこでの出会いで絵本が選出され。

身に余ると申しますか、ただやっぱり、注目されるほど、苦しくなり。

 

同時に、高校の時にクリスチャンになった私にとって、

何もなかった自分が、こうして制作させて頂けるのは神様のおかげだからと、

記載しましたが、ここ数年、信仰を手放したくなるような事態が凄まじい勢いでありまして。

それについては仔細は書けないのですが、

拠り所が壊されたら、何も出来ない、崩れていくような出来事でした。

 

 

眠れない日々が続き、心臓に痛みを感じて受診すれば心筋梗塞系の不整脈と言われ。ハシモト病の数値ギリギリと言われ。

父の手術や祖父の余命宣告やもう、もろもろ、もろもろ。

 

 

ここまで色々あるともう、なにか私相当悪いことしたんちゃうか、裁かれて罰受けてんちゃうか、あの時あの人にあんなこと言ったからか…と、色々悩みまくりました。

 

聖書が、怖くてたまらなくなった時期でもあり、何を、誰を信頼していいのか分からなくなった時期でもありました。

 

 

父はクリスチャンではないので、私の悩みが分からず。

かと言って私も、一般の人にも、もう教会にも行けないような気がしていました。

 

 

 

ただやっぱり、神様のあわれみと申しますか支えもあり。

色んな出来事を通して自分が間違っていたこと、実のところ、本当の意味では神様を信頼していなかったのだと示されました。

多分、いつの間にか自分の考えを握りしめてしまっていた。

多分、神様は真実だけど、私側が間違っていた。

 

 

許せない思いや、憎しみや、怒りや、嫉妬や。良くみせたいという思いや。

ずっと関わりたくなくて逃げていたこと。

自分が正しい向こうが間違っていると歯を食いしばって心を頑なにしていました。

ずっと人も自分も許せなくて、責めていました。

たくさん傷ついて傷つけて、愛したいのに、関われば苦しめてしまう。というか、多分相手からすれば迷惑やった。

受け取りたいのに受け取れない。自分の内側に良いものがなかった。

蓋をしていたものにたくさん気づかされました。

 

 

この世界に神様がいるならどうしてこんな悲しいことがあるんだという問いについて、

 

 

神様が本当に善いお方であるということ。

それはやっぱり、…人の助け合いや信頼関係のなかで流れて輝くものやなぁと。

それは、一人がいくら頑張ったって、誇りにしかならない。

 

 

弱さの中で、欠点がある中で、赦し合って支え合っていく中でしか

産み出せない。

 

 

ずっとずっと閉ざしていた部分を光に晒したことで、

私の中で色んなことが変わってしまった。

 

…最後の日に主に香油を注いだマリアは、自分の大切なものを捨てたわけじゃない。

ただ、あの方の内の激しい苦悩を女性として知って、少しでもその苦悩を和らげたかった。

 

…イサクを捧げようとしたアブラハムは、子を手にかけようとしたんじゃない。

もっと別の深い神様との関係性があった。

彼は約束を頂いていて、不可能を神様には可能と信じた。

 

もう一度神様のみもとに立ち返りたいなぁと感じました。

 

応援してくださっていたお客様、拙いブログに訪れてくださっていたお客様。

作品を手に取って頂き、本当にありがとうございました。

拙いながらも私にとってとても大切なものでして、

修理など、いつでも無料で承っておりますのでお声がけください。

 

 

3/15(日)、10:00~18:00、最後に少しだけお店をOPENさせて頂きます。

それを持ちまして、お店Green grassを閉店とさせて頂きます。

 

 

もし、お立寄り頂ければとても幸いです。

 

 

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エル・ロイ。

良い部分も悪い部分も含めて主は全て真実をご存知ということ。

私はそのことに本当に慰めを感じます。

 

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